昔はこの『紅』を造っている方を『紅匠』と言っていたんです。
(『紅匠』という名称は昔からある?)肩書きって言うか、昔はこの『紅』を造っている方を『紅匠』と言っていたんです。まあ、今は実際は職制として、『紅匠』というものを付けようという形でつけているんだと思うんです。昔のポスターにも『紅匠』と書かれております。(昔というと?)昔と言っても30年くらい前の事ですけども・・・。(この『紅(口紅)』の発祥の地は?)元々は京都で染色なんかをされてた方が、『紅(口紅)』を造っていた訳なんです。それをうちの初代の澤田半右衛門が京都の職人の人から学んで、江戸で造るようになったということを聞いておりますけれども。まあ、古くは中国から日本に伝わってきて、京都でそういうもの(染色)が起こって、京都で口紅なんかも造るようになったやつが江戸に流れてきたという、歴史的にみればそういう事になる訳です。
紅花の少ししかない赤い色素を取り出すのが技術なんですね。
(『紅(口紅)』の原料は?)紅花です。山形で造られている紅餅を原料として、この『小町紅』を造っています。(主として、紅花?)いえ、全て紅花です。100%紅花から採った赤い色素を本紅といいますが、本紅を使ってこの『紅(口紅)―小町紅』を造っております。山形の紅餅を使うのが一番いい色がでますんで。(紅餅とは?)★写真あの・・・山形では花餅と言っているとは思うんですけれど、我々は紅餅と言っています。紅花の花びらを花びらの形が残る程度に臼でついて、発酵させたやつを小さいだんご状にまるめて手でつぶすと、薄い平らなお餅状になるんです。これを天日で乾燥させたやつが紅餅なんですよね。それを原料として、それから我々はまた本紅を抽出してそれを使ってるんです。(いっぺん餅状にしたものを溶かして使う?)いえ、溶かすというか・・・紅餅は簡単にいうと、花びらを集めて乾燥させたものです。なので、水でふやかすと(もどすと)元のバラバラの花びらに戻ります。その花びらから赤い色素だけを取り出して、本紅をこしらえるんですが、紅花はほとんどが黄色い色素でできていて、赤い色素はわずか数%しかないのです、紅花の少ししかない赤い色素を取り出すのが技術なんですね。実は、本紅の造り方というのは歴代の紅匠が口伝だけで受け継いできた、秘伝なんですけれども・・・。
やっぱり『小町紅』に使うには、山形の紅餅から抽出した色の方がはるかにキレイだとことなんですよね。
(よく伝統工芸の職人さん達は材料の確保が難しいというが?)今は山形の保存会の方々ががんばってくれているようなんで、今うちはそちらの方から紅餅を仕入れさせてもらってます。毎年仕入れているぶんで何とか1年間やってるっていう事なんですよね。あと乱花っていうものがありますけれど、それは中国産の紅花なんですけれども、そちらの方は『御料紅』(食紅)の方につかっていますけれども。
(やはり品質が違いがある?)やっぱり『小町紅』に使うには、山形の紅餅から抽出した色の方がはるかにキレイだとことなんですよね。実際自分がこう色々と研究してみて、やっぱり山形の紅餅が良いという結論で今使っているんですけれどもね。それでまあ優先的に・・・というか100%紅餅を『小町紅』に使っておりますけれども。
ただ見たから、やり方知ってるからやってみたらその通りになるとはなかなかいかないものもありますからね。
(川西さんはいつからこの仕事を?)うちは企業でありますからね、最初は全然違うところに入社しまして、前の先輩からたまたま引き継ぐって形になったんですけど。(伊勢半に最初からいて、途中で職種が変わった)はい。これはもう伊勢半としての伝統のものであるから、常に継承していくという会社側の方針でもある訳です。それに選ばれたという事でしょう。(そういうセンスが認められた?)
そう思ってますけれども。(笑)(この道何年?)引き継いでから9年ですね。昔だったら徒弟制で色々と先輩に一部を任されてずーっとそれっきりっていう事もあったんだけれど、今は会社の組織の中でやるんですから、全体を教えて教育しながらやっていくから、今は昔よりはるかに早いです。効率良く教えることになりますよね。昔は「盗め!」だったんだけれども、現実には実際勘の部分が多量に
あるから実際やってみなきゃ分からないっつー所も・・・。ただ見たから、やり方知ってるからやってみたらその通りになるとはなかなかいかないものもありますからね。
造るのも塗るのも、職人の勘というか・・・訓練された技が必要になってきます。
(紅を造る作業と塗る作業、やはり紅を造ることの方が難しい?)そうとも言い切れないんですよね。ある程度、工程が決まっていますからその段取りを踏んでいけば、そこそこのものはできあがりますけど、造るのも塗るのも、職人の勘というか・・・訓練された技が必要になってきます。そういものを造って維持してきたって事が重要なことだと思ってますんでね。現実、もうこういうシステムじゃなければ、もうすでにこの本紅造りっていうものは、昭和の初めにはなくなってしまったかもしれませんね。うちの社主(澤田亀之助)が、何とかこれは残さなきゃいけないという事で、途絶えそうになっていた技術を当時戦中ぐらいの時にいた元職人さんから引き継ぎ、継承してきたからこそ、今も作り続けることができたんです。なかなか当時から『小町紅』消費の方っていうのは少なくなってますからね。口紅は洋紅の方が主になってますし・・・。日本紅っていうのを残すこと自体が大変だったと思いますから。
『紅(口紅)』は高価なものですから、多分洋紅を使う方が多いと思いますよね。
(今『小町紅』を使うのはどんな人?)まあ、昔から紅をお使いになられてる方もおいでになると思うんですよ。それと、まあ珍しいからちょっと使ってみようという方も多分においでになると思うんですよ。そういう方の方が多いんじゃないかなと思うんですけど。他の所に出荷してもやっぱりお土産として買っていかれる方が・・・。あとは、あまり洋紅に合わない人たちが、こちらの方を試しに使って頂いているんじゃないかと思いますけどね。(京都の舞妓さん達は?)『紅(口紅)』は高価なものですから、多分洋紅を使う方が多いと思いますよね。何か行事の時にお使いになられるかもしれませんけれど。
(紅皿にも形がいくつかあるけど、これがいわゆるお猪口?)そうです。<紅を刷く>(これが紅だとは思えない!)。これは満遍なく紅をひろげている所なんですけど。(満遍なくって言うのは簡単だけど・・・)
木のヘラでやるんです。刷毛で一度やって、ムラがでるんでこのヘラでのばすんです。(紅は使う時には濡らした筆でとる訳だが、何回くらい使える?)ひとにもよりますけどね・・・30〜40回を目安にして下さい。(これは口紅?)そうです。口紅です。(頬紅とか眉とかには?)
江戸時代には使っていたようですね。今でも使えるんですが、うちは口紅の用途として販売しています。(値段は洋モノとはかなり違いが?)このくらいのものもあると思いますが、口紅でこの値段となると、なかなか手が出しにくいのが正直なところではないんでしょうかね。お客様は『紅(口紅)』のよさを納得して買って頂いているとは思うのですが・・・。
この器に負けないような色をださなきゃいけないと思ってがんばってる訳なんですよ。
(お猪口に塗るのは1日何個くらい?)お値段も高いので、ひとつひとつ慎重にやっているので、せいぜい80個くらいかな。それでも、塗った後に検査してよくないのは塗りなおしますけどね。
(一度壊しちゃう?)全部(紅を)流しちゃうことになります。一旦固まると、その上から塗ることはできなくなってしまうんです。高い紅なんですけど・・・やり直すんです。(赤い紅が、どうして緑色というか玉虫色になる?)乾くと色が変わるんです。(紅餅は何色?)赤です。(この段階で初めて玉虫色に?)ええ。
(色が変わるというのは化学変化?)そこが、うちの技と言うか企業秘密でもあるところなんですね。本紅ができた寸前はこの色になりますけどね。金色っていうか・・・。うちのは玉虫色といっています。他では、赤で金光沢になっているようなものも出されているんじゃないかと思うんですが。(色が違うのは製法が違う?)いえ、ほとんど同じだと思います。その後の工程が違うんじゃないですか? そこは秘密でもあるんですけど・・・何か別段加えるという事ではないです。現実には、作業場での色と、外でみた色と、蛍光灯と・・・見え方が違ってくる訳なんですよ。だからここでキレイだなと思っても、外いくと「なんだこれは」という変化も、玉虫色の特徴のひとつだと思っていますけれども。(器も凝ってる!)『季ゐろ』シリーズを出すにあたって、有田焼(のお猪口)を使うようになりました。この器に負けないような色をださなきゃいけないと思ってがんばってる訳なんですよ。(特注品?)はい、そうです。来年(2005年)は源右衛門のお猪口でも発売予定なんです。(大変!)。それに負けないようにがんばります。
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