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●家族で仕事
息子は雄司。あれは摺るほうですね。次男が彫るほうです。二番目だから二朗。
●四百年江戸に居る
あたしは今八十。ここだけで、もう百年ぐらいになんじゃない の。三代ですね、あたしで。うちは旗本だからね、ずっーと江戸なんです。旗本の時 分はもっとむこうのねえ、麻布のほうに居たらしいですよ。四百年江戸に居るんです
。岡崎から来た。だから家康の家来じゃないんですね。だいたいが元をただせば織田 の家来なんですよ。岡崎で調べたんですよ。そしたらねえ、萬徳寺ってお寺があるん
です。それがうちのお墓なんです。長尾○○公の墓って書いてあって、無縁仏の一番 上に乗っかってんの。いやんなっちゃうでしょう? だからあんなもん調べるもんじ
ゃない。こっち来ちゃってからだめなんですよね。旗本は江戸から出らんないんです よ。だからほら明治にねえ、廃藩置県になって、おじいさんは百八十円もらって平民
になった。だからあたしたち戸籍なんか、前はちゃんと上に士族って書いてありまし たよ。士族と新平民は書いてあんですよね。今はなくなっちゃったですけどね。だか
らあたしたち兵隊行ってもね、海軍だったから普通の兵隊に行っちゃったけど、陸軍 なら近衛です。だから、うちのおやじの兄弟ぜんぶ近衛で、日露戦争で死んじゃった
ですね。(どうして旗本がこの道へ?)あの頃百八十円っていうと、まあ一億近いカ ネなんですよ。武家の商売でね、みんな駄目になっちゃってね、それでお巡りさんに
一回なって、捕まえないんだって犯人を、そんなことで警察も駄目になって、この商 売になったんです。理由は本願寺の前に仏具屋があるでしょう? あそこの仏具屋で
けっきょく、位牌やなんかね頼まれると金文字で書いたりなんかして、それを生業( なりわい)にしたらしいですね。で、しばらくたってこの商売になったんだけど、お
じいさんはすぐあれしちゃって(亡くなって)、おやじが後継いで。これは蔦屋重三 郎(つたやじゅうざぶろう)の系統なんですよ、写楽やなんか作った。
●同業者も板も無くなった
同業者はほとんど無くなっちゃった。だから彫るのと摺 るのがぜんぶ揃ってるての、うちだけになっちゃった。板屋さんも無くなっちゃった 。うちから一軒置いた隣りに板屋があったのが、お正月に六十一で死んじゃったの。
だからね、一枚板が無くなっちゃった。いま仕方なしにね、ベニヤみたいに上と下を ね、桜でして、そいで合板みたいに作ったのができてんですけどねえ、うちの倅(せ
がれ)なかなかそれ使わないんですよ、いやだって。桜ってのはね、固いことは固いんだけど、それほど固くはない。あんまり固けりゃ摺れませんから。だから結局、桜
ってのは江戸から北はだめなんです、固くて。南がいい。こっからだと奄美の桜がい いって言ってたんですけどね。今そんなこと言ってらんないでしょう? 桜なんか無
いもん。切らせないもん。いま文部省がね、伝統工芸でいくらか残さなきゃいけない ってんで切らしてますけど、そんなもんじゃとても間に合わない。どんどん、どんど
ん、使う物が無くなっちゃう。そうなんです。だから、昔っからこう春画でもなんで もね、ああいうものを拵(こしら)えたりなんかする、そういうのができなくなっち
ゃった。どうしてっていうとね、春画なんかの細かい毛はねえ、桜じゃ彫れないんで すよ。だからそこんとこだけね、桜より固い柘植(つげ)を埋め木するんですよ。今
は埋め木ができないんですよ。(板を持って)ここんとこの毛は一ミリに三本彫って ますよ。そのくらい彫れないと人間国宝になれないんですよ。これを彫った人間国宝
の人は二、三十年前に亡くなり、あたしと同い年の倅もこないだ亡くなっちゃった。 だから息子がね、一番若いですよ。

●浮世絵と錦絵は違う
よく摺師(すりし)っていうけどね、摺師ってのは昔いないんですよ。摺師なんて言うと塩まかれましたよ。そうね、減るものは江戸っ子は大き らいだから。だからあたしたちが、はんこ屋なんです。彫り屋が版木屋なんです。元を糺せばはんこ屋のほうが彫り屋よりずっと上ですよね。なぜっていうとねえ、昔は色を摺るってことができないんだから。元禄の半ばから、師宣(もろのぶ・菱川)から始まったんですから、墨一色なんです。色を注(さ)す場合は手で彩色していた。
その時代を浮世絵っていうんですよ。それで明和二年の春信(はるのぶ)になっては じめて色摺りができるようになった。色まで摺ったものは錦絵なんです。錦絵、浮世
絵ちがうんですよ。それさえも今、わかんなくなっている。紙も違う。錦絵の紙は越 前ですけど。昔の紙はねえ、もっと近い茨城なんです。だから元禄のものは複製がで
きないんです。紙が無い。今も版画の紙を漉いてんですけどね。人間国宝ですよ紙を 漉いてんのだって。それだって昔の紙は漉けませんよ。なぜってね、昔はうすーい紙
でね。それだけの技術を昔の人はもってたんですよ。今はねえ、厚い紙漉いたほうが 高く売れるわけですよ、紙は目方ですから。一枚いくらじゃないの。五百枚で何貫目
でいくらですから。四貫目の紙を漉いたほうが二貫目の紙漉くより倍に高く売れっか らね、薄い紙漉かなくなっちゃう。厚い紙漉くとね、毛の細いところはバレンでこす
ると埋まっちゃう、めり込んで。やりにくくなっちゃう。しょうがない。それで薄い 紙使うと狂ってくるしね。だからね、何から何まで昔より悪くなっちゃった。でも職
人の腕は昔より上ですよ。昔の摺りはね、こんなきれいに摺れません。
●うちの版画は安い
金持ち、買わねえんだもん。十六文でしょ。こんなもん買わないですよ。十六文っていくらだと思います? 今はだいたい、もり蕎麦ひとつ三百五十円ぐらいでしょ。そうすると三百五十円ってことですよ、当時ね。だから金持ちは買わない。だってそうでしょ?今ならさ、一億二千万人いるよね、版画で百枚、二百枚摺ってんのがいくらも出来ないから高いようになっちゃうけど、当時は三千五百万しか居ないからね人口が、それで印刷して摺ってんだもん、こんな数の出来るやつは買わないですよ。だから皆さんがものすごく勘違いしてんの。額に入れて売るなんてことは昔はないですよ。十六文で売って、百文も取れる額に入れる人ないから。そういうふうに安いものって、どんなに細かくて手が込んでるもんでも、板五枚しかな
いんです。それ以上使うと十六文で売れない、彫り代より板代のほうが高いんです。 だから金持ちのおもちゃにしちゃだめなんですよ。いま一万円なんかっていうとね小僧さん買いませんよ。これだめなんです。昔の摺り屋、荒っぽいでしょう。十六文に対しての摺りしかしないから。でも十六文で売るために、一枚の板で三色摺るとか、
裏表で使うとか、すごく考えてますよ。(絵柄も庶民の好きなものが?)売れる画で なきゃ拵えないから。写楽なんか売れなかったから、数が少ないから高くなってる。
写楽なんか高いの九千万円しますよ。だから、あたしたちがこうやって安く売ったり なんかするとね、長尾さんが安く売るために版画の値段上がらないっていうけどね。
高く売ってね、ふつうの人が買えないのはだめなんですよ。(長尾さんは安い?)安 いですよ。ふつうデパートで一万八千円ぐらいで売るでしょう? それを一万円ぐら
いで売っちゃうから。だから困るっていうんだけどね、困るのがおかしいんだってい うの。なんだかんだって間に入っちゃってね、そんなものどうしようもないですよ。

●息子たちに跡を継がせる
だって、うちあたりこれより商売ないもんね。商売って ね、おれだってなんだって、おやじがやれって言ったからやったわけじゃないですよ 。あたしたちの時分はね、小学校の時分から座らされちゃうの。そうするとね、昔の
親のほうがずっと教育が巧いですね。おやじは何にも言わないの、教えないの。あた しがここに座って、おやじはそこに座って、ピシャンって手ひっぱたく。それで自分
のと比べて、俺のとお前のと違いがわかんねえかって言うの。わからないでしょ? ばかばかしいねえ。だから表てに遊びに行っちゃう。おやじは平気ですよ。遊ぶとき
は遊ばしといてね。いくつんなったって遊ばしときますよ。そうするとこんどは、こ こらなんかだと吉原近いじゃない。職人はねえ、みんな吉原に遊びに行くんだ、勘定
もらうと。遊んでるから勘定が少なくなる。じゃ仕事やらなきゃしょうがないからね 、やるようになっちゃう。だからおやじはねえ、絶対あたしには教えませんでした。
うちのおやじは名人っていわれた人だけどね、絶対ねえ、教えなかった。なぜ教えな いっていうとね、小僧はね、この商売になって預かった親に食べさしていかれないよ
うじゃしょうがないから、それは教えるけれどね、お前はそんなことねえんだ、俺が 仕事すりゃいいんだしね。だか らね、お前、俺に習うとね、俺の上に行かれないよっ
て言う。だから俺の悪いとこだけを見てね、俺の上に行くようになれって。そういう 言い方で、絶対教えません。もう五、六年前に最後の弟子が死んだんですけどね、そ
れに訊いときゃよかったなあと思うこと、いっぱいありますよ。そりゃ教わってんで すよね。あたしは自分で考えてやんなきゃなんない。ずいぶん違いますよ。だけどね
、仕事の巧さだの早さはねえ、人の三倍も四倍も早くなってます。(息子には?)教えない。パッチンもやらないです。(雄司さんはお父さんの摺ったものにアッと思う
ことある?)(父)あるでしょう。(雄司)思いますよ。
●摺るのは二百枚づつ
(父)版画っていうのはね、おんなじものが出来ませんから 。二百枚摺ると、二百枚違うものしきゃできない。だから結局、これでいいってこと はないですね。俺がもう七十年やってて、これ良く出来たなんて無いもんね。そうい
うもんです。なぜ二百枚かって言うとね、板っていうのはバレンで上からこするから 潰れるんじゃない、刷毛(はけ)で板をこすって板が湿ってくるとやらかくなる。や
らかくなるのをまたこすっちゃうから潰れるんです。だから、親方が朝起きて、日が 沈むまでに二百枚摺ればいい。親方は墨摺って上がっちゃう。そうすっと職人がいっ
ぱい居て、あとをやる。二百枚がいちばん板に対して親切なんです。千枚いっぺんに 摺った板と、二百枚で五回に摺った板では、板の潰れかたが違う。だから二百枚以上
は摺らない、板がふやけてくるとよしちゃう。乾くまで待ってんだ。それが版画なん です。明治時代にブラシができたんで板が潰れなくなってきたんです。江戸時代は小
さい手刷毛でやってたから全部潰しちゃう。でも板のほうが高いでしょう? 削って 違うもの彫っちゃう。だから江戸の板が残らない。だから版画が高いんです。
●偽物はバレる
板の目は指紋と同じで誤魔化せない。でっかく写真延ばされれば、 木目が合わない。だから版画は偽物はあんまりつかまされないですね。俺達の摺ったのなんか、本物だと思って買ってる人いますよ。だけどね、そういうの腕自慢でやっ
ても、あとでやられちゃうからね。
●絵描きが版下を知らない
(お宅では誰が絵を?)描かない。写真を撮るだけです よ。今の絵描きさんって細かいところを描かなきゃいけないって思ってる。そんなもん描かれたら版屋が困っちゃう。今も昔もそうなんです。親方が摺ろうが、小僧が摺
ろうが、職人が摺ろうがね、十六文しかとれねえ、上下が無い。今あたしたちが無形文化財だなんだかんだっていったって、みんな同じなんです、値段は。面白いですよ
、こういう商売無いですよ。だから描く人はやさしいと思うんですけどね、版下が描 けないんです。意味がわかんない。墨だけ描いてくれたらできるんです。ここ毛彫りだと言ってくれれば、腕のある人は自分のコツで彫っちゃうんです。だから十六本のもあれば、二十本のもあって変なもんなんだけど、昔からそうなんです。色だってそ
うですよ、俺なんかあんまり気にしないですけどね。今のほうが気にします、高く売 るから。

●版画のわかる人がいない
ほんとのところ版画がわかる人が居なくなったんじゃないんですかね。だから売れない。江戸がわかんない、江戸が無いんだもん。江戸が無 いとこへ江戸売ったってだめですよ。頭ひとつにしてもね、女の人が「おじさん髱(
たぼ)ってなあに?」って言うの、今。女の人が髱知らないの。ぜんぶ説明しなきゃ わからない。(版画を指さしながら)こういう髱は歌麿になると無い。(別の版画で
)こういう髪形は親が嫁にもらってくれという<さいそく島田>。時代によって絵が まるっきり違っちゃいます。それがわかんない。(また別の版画で)天保の改革で奢
侈禁止令が出て、櫛や笄(こうがい)の贅沢なものはいけないっていうので、頭巾で 隠しちゃう。紅を十分の一以上使うと発売禁止になっちゃうから、茶色混ぜて摺るん
です。町人が足駄(あしだ)履けないから駒下駄。字の読めない人が買うから絵文字 を使うけど、幕府が無学文盲な野郎にそんな字なんか教える必要はないって禁止した
。仕方ないから、江戸の三大美人は着物の紋でわからせる。そういうの説明しながら 売ると、なんだか落語の落ちを売ってるようなもんでね。(息子さんも勉強を?)(
息子)まだ仕事のほうばっかりです。(おやじさんはいつも話を?)してくれますよ 。
●ミニスカートが買う
(夢二の「縫う手をやめて」を見ながら)これがいいんだけ どね。俺が買えばこれ買う。デパートでお姉ちゃんが来てさ「おじさん、それ読んで ごらん」って、こうよ。「あんた読んでごらん」って言うとね、読めないから聞くん
だって言うんだ。読めないから聞くのはね「おじさん読んでみて」とかなんとかって いうので、「読んでごらん」ってのは先生が言うことだよ。(いくつぐらいの人?)
ミニスカートの人。それで買わないんじゃないんですよ。面白いんだって買っていく 。それから「おじさん、なんでこんなしょぼくれた絵ばっかり」。しょぼくれてんだ
よ夢二のは。(顔がみんな淋しい?)そう。で、うまいこと言うなと思ってさあ。で も、しょぼくれてんじゃない、抒情詩だからそうなるんだよって言うんだけどね。
●昔の板を集めた?
みんな焼けちゃったですね、戦災で。そりゃ、品物が残りゃこ んなことやってないよ。
●うちは臭い
うちへ入って来ると臭いでしょう? 墨なんです。一年半腐らせます から。もうね、生(なま)の墨使ったら、紙がはしゃいじゃう。(はしゃぐ?)踊っ
ちゃうのね。墨を水に漬けちゃう、それで縁の下で腐らす。それで腐っちゃって、膠 っ気が無くなったところを磨る(する)んですよね。そこへ新しい膠を足して摺るん
です。
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