
いま作ってるのは全部オーストラリアへ行く
(この刷毛は何に使う?)日本画を書くの。ところが、この間オーストラリアの人が これを油絵に使うなんて言ってね。(問題は起こらない?)ま、起こらないですね、
毛そのものには。ただ、塗料が向こうのは油だから濃いんですよ。だから、その人は 薄めて使うらしいですがね。薄めて使えりゃ、こっちの方がきれいに塗れますからね
。(専門は?)そうですねえ、やっぱり美術工芸品用の刷毛なんか多いですよね。版 画は外国のお客さんけっこう居るんですよね。いま作ってるのは全部オーストラリア
へ行くんです。この刷毛は、紙に色を付ける場合もあるけど、染色の。普通和紙に墨 ぬっていると滲むでしょう? 滲み止めにねえ、ドーサってのを刷く(ひく)場合に
使う。(毛は?)羊。(この刷毛は?)木目立てるんですよ。下駄だとかね、あるい は琴。年輪は固いでしょう? 年輪と年輪の間のやらかいところをこれで削っちゃう
。(これは?)これはねえ、型紙を置いて刷り込むんです、友禅で。(この円いのは ?)あれは一面に色を付けるんです。顕微鏡的だけど、この毛はマカロニみたいに中
が空洞なんですよ。壁の下のほうに白いのあるでしょう? 上の方に白い毛でしょう ? それは同じ羊の毛なんだけど値段がぜんぜん違う、ええ。上のは倍以上だから。
羊の毛でランクがこういろいろあるんですよ。これはどっちかって言えば筆の毛なん です。毛先が柔らかくて腰がある。ちょっと見てもわかんないけどね。これは、だか
ら安いし、こっちは高いし。こっちは肉を厚くして腰を持たして、こっちは薄くって も腰があるんですよ、ええ。
仕事場の掃除から始まったよね
(この店は何年続いて?)何年だろう。まあ百年近いですね。(親方で何代目?)二代目ですよ。(修業はどこで?)わたしは若干、同業者へ行ったけどね、十五歳ぐら
いから。でも戦争でもって、三、四年居て、途中で戻っちゃったからね。そん時、お 袋がちょっと中気になっちゃってさ、そんであたしが向こうへ行きっきりになれなく
なっちゃって。で、あとはおやじと二人でやってたんですよ。(修業は何から入る? )やっぱり小僧だから、徒弟制度だったでしょう? 昔は、だからそれこそブラシに
関しては、材料の下拵えから、ごく安いブラシを作らされたりね。それこそ仕事場の 掃除から始まったよね、うん。それで多少うちでやってたでしょう? 門前の小僧じ
ゃないけど、だから比較的早くブラシの植付けは始められたですよ。(刷毛は何年も たってから?)そう、刷毛は分野としては違っちゃうんだけどね、あたしが始めたん
ですよ。ただ、あれはねえ、ほこりが立ってしょうがないです。灰で揉むでしょう? だからこういう店じゃできないからね。今でこそ広くなったし、元はこの半分だっ
たの、間口が。狭くて仕事が出来なかったからね、刷毛は向かないというんで、こっ ちのブラシの方を主にやっちゃった。現在もズ−ッとブラシの方を・・。
競争相手が無い
だいたいわたしどもの商売、本式に始めたのは終戦後ですよ。その前もやってたけれ ども、そん時はもう戦争徴用なんとかで軍需工場に引っ張られちゃって、もう半分仕
事できなかったからね。だから本式に始めたのは昭和二十年の終戦以後です、ああ。 (それ以前もお父さんを手伝って?)やってたですよ。ただ原料が無いし、材料が無
いから、親父の場合だって半分遊んでたよ。その当時だって、やっぱり無いもんは無 かったけれども、まあ有るなりに細々と始めたんだね。そのうちだんだん出回ってく
るし。(今はいい時代?)うちあたりのやり方だと、要するに競争相手が無いですよ ね。刷毛とブラシやってるけども、いわゆる高級品ばっかりやっちゃってるでしょう
? あんまり並級品、並級品って言ったらおかしいけど、やってない。お客さんどこ でいま買ってるかっていうと、だいたいホームセンターだとか、ああいう量販店で買
ってる場合が多いんですよ。うちあたりのはそういう量販店で扱ってないようなもの ばっかりやってるから。だって売ってる人が刷毛のいい悪いっていうの知らないでし
ょう、量販店じゃね。だから、あくまでもこんな店でお客さんと面接で話し合って、 これはこうですよ、ああですよって説明しながら売るんですよ。まあ、そこがわれわ
れのいいところじゃないかと思うんですよね。(固定客が多い?)多いですよ、うち は。まあ、そのかわり数は出ないですよね。利益率はいいかも知れないですよ、量販
店よりは、はははは。
分かっていただければ長続きします
(今居たのは娘さん?)<おかみ>手伝いに来てもらってる。(ふだんは夫婦で?) そう、現在のところね。今、久しぶりに回せないような品物やってるからね。(回せ
ないとは?)品物に保証ができないとかね。下職さんの上がりじゃ満足しないとかね 。毛を揃えるまでがねえ、すごいんです、下拵えが。(持つときに毛の本数が決まる
?)これ下職(じょく)さんに出すと、不揃いだからお客さんから苦情くるの。下職 さんに出す時は、これ一穴いくらで勘定するからね、多くても少なくてもね、毛を持
ち直すなんてことしないのよね。持ったらね、こんな風に揃えないの。揃えてるひま にもう、こん中入れたいでしょう? だから毛の先が揃わないで、林のごときで、半
分ぐらいになっちゃうんだよ。でも、そんなにやかましい仕事に使う品物じゃないの は下職さんにけっこう手伝ってもらってますよ、ええ。だからうちのどっちかって言
えば、値段より品質で買ってもらうんです。値段はどうしても高いです、うちのは、 よそと比べると。それだけに買って、お客さんに分かっていただければ長続きします
からね。そういうようなやり方してますから。
だいたい職人さん
(買いに来るのはどんな人?)だいたい職人さんでしょうね。これは絵を描いてる人 。これなんかは箱屋さん、経師屋さん、ボール箱屋さん、製本屋さんでしょう。これ
は食料関係でパン屋さんだとか和菓子屋さん。これはペンキ。これなんかは染色、着 物の柄とかね。だから、デパートでよくやる伝統展っていうのは、人形、漆、染色、
陶芸、そんなのが多いかな。その内、人形のかたはずいぶん来るし、漆のかたもずい ぶん来るし、染色のかたも若干来ます。それから木版の仕事をやってるかた。
ご養子ですか?
なんて言われる (おかみさんはいつごろから刷毛作りを?)このうちへ嫁に来てっから。それでじい さんがこの台を作ってくれたのよ。わたしなんか嫁さんどこじゃない、労働者になり
に来たようなもんね。(笑)だからもうねえ、四十年近く。(もうベテラン?)だれ にも任せられない。これはねえ、版画はどこのうちのを見てもだめだからってね、う
ちへ来てくれる、有名な先生たちが。ここはねえ、上野の山が近いから芸大の先生た ちがよく来るわね、漆のかたとか、油絵とか。(これは?)版画の刷毛。(版画以外
も?)ああ、何でもやりますよ。これももう植えなきゃいけないし。材料がみんな順 番で控えてる。限りなく仕事がある。どこでもやってないから。(お嫁に来てどのく
らいで出来るようになった?)どのくらいで出来るようになったっていうか、どのく らいは遊ばしといてくれたのかしらね。(笑)(練習に練習?)練習に練習。<親方
>働きもんだから。(笑)<おかみ>主人はここで仕事をしてないの、上(二階)で ね、わたしがここでしょう。だからよくねえ、ご養子ですか? なんて言われる。(
笑)<親方>煙草屋の看板娘。(笑)<おかみ>でも、わたしが植えれないものもあ る。この人しか植えれないっていうこと。(どんな物?)それはねえ、特殊なブラシ
で、すごく手間がかかって、東京でも二、三人しか居ないからね、植えてるのが。( ご飯の支度で手を休められない?)そうなんですよ。だから下町の職人はね、わりと
店屋物(てんやもの)を取ってすませるの。

キリを作るのが一番むずかしい
(仕事は毎日?)<おかみ>毎日ですね。(休日は?)休みますよ、この頃もう。( 手伝いは?)さっき居た娘はいちばん近所に嫁に行ってるから、毎日来て働いてる。
下拵えとか、銀行行ったりとか、郵便局行ったりとか、けっこういろいろあるんです よ。それをわたしが今までぜーんぶやってたんですよ。(娘さんはブラシも作る?)
これはまだですけどね。あちらもお舅さんが居るからね、早く仕舞って、むこうのう ちの支障が無いように出してやる。(どんな下拵え?)この穴はぜんぶあの子があけたの。だけど穴をあけるキリを研ぐのがまだできない。うちは特殊のキリなんですよ
。キリを研ぐのがあの人(親方)しかできない。このキリを使ってるのも、ほんと東京でも一軒か二軒だね。キリを作ってる人がもう居なくなっちゃったからね。だから昔からあるやつを大事に。主人が生きてるうちに研ぎ方を習いなさいっていうんだけ
ど、なかなか難しいのね。うちの職人にも教えるんだけど、研げないのね。そうするとね、人が研いだキリは、私ではうまく使えないの。(おかみさんも研ぐ?)わたし
もそれが、研げないんですよ。ほんとに微妙な感覚で・・・。(お父さんだけ?)お父さんだけ。だから使うときはね、お父さんキリ研いどいてよって。<親方>穴あけられないブラシ屋がけっこう居るんです。穴屋っていうのがあるんだけど、穴屋に頼んじゃうからね。それだとねえ、気に入った穴ができないでしょう? あたしだけの
考えだけど、ブラシで一番むずかしいのは穴あけること。さらに言うと、穴をあける キリを作るのが一番むずかしい。普通の売ってるキリじゃないから、月形になってる
の、断面が。それを研いで、自分の気に入った穴があくように作るの。
ストリップ劇場
終戦後売れたよ、刷毛ブラシ類は。仕上がってないから駄目だっていうと、いいよ毛 が付いてるから、これ売ってくれなんていう時代もあったんだから。(何用のブラシ
が?)何用っていうんではないんだけどね、半分できてれば持ってっちゃたの。何に 使ったんだって今は思うけど、あん時は狂ってたんだね、もう。それからねえ、面白
いのはねえ、今ボディブラシっていうのが売れてるでしょう? あれ作ったのはわた し一番最初じゃねえかと思う。っていうのはねえ、ストリップ劇場、あはははは、昔
ストリップ劇場でストリッパーを湯船に入れてお客に背中流させるっていうのがあっ て、最初タワシでやったらストリッパー痛くてだめだっていうんで、うちへ買いに来
たんだよ、こういうブラシを作ってくれって。(笑)これじゃ痛えかな、これじゃや らかすぎるかなって言うから、何に使うんだって聞いたら、実はこうこう、こういう
訳だ、ストリッパーの背中流させるブラシだってね。昭和三十年の前ごろだよ。そう いうわけで、ボディブラシなんていうのは国内じゃ俺が一番最初じゃねえかなと思っ
て。(笑)
ハンコ押してあるの、盗られないように
(今作ってるのは何のブラシ?)これは洋服ブラシです。(毛は?)これは中国の重 慶産の豚の毛。長江の上流に待ちがある。そこの毛が一番いいとされている。(作っ
ていて良し悪しが分かる?)わかりますよ、それは。うん、絶対わかるよ。<おかみ >だから、これは中にハンコ押してあるの、盗られないように。<親方>えへへへ。
<おかみ>これは植えてる人がねえ、お父さんしかいないのに、うちで買ってって、 でかくハンコ押しちゃうから。(宮川製の印は必ず入れる?)<親方>いや、入れな
いでっていうお客さんもいる。だから押しにくいんですよね、今は。押さないでくれ っていうとまた作んなくちゃなんねえから押さないことが多い。(笑)
焼き場行くと炭になる
(元気ですね?)いや、だめだね、弱くなって。(失礼だけど何歳?)言うなよ、え へへ、言っちゃおうか。よく言うんだけどね、七十に消費税だって、あはははは。七十三歳半。(けっこう力仕事では?)ええ、けっこう力が要りますよ。こう引きながらねえ、押すんです、親指で押さえといて。(たくさんの穴に植えるのは手間がかか
る?)<おかみ>植えるだけだったら、一本で三十分ぐらい。(親方のやってるブラ シは?)お父さんのは倍以上かかる、穴数が多い。<親方>一時間以上かかるでしょうね。ま、うちでこう一生懸命やりゃ一時間。ちょっとサボってるっていうと、えへ
へへ、一日に五箇ぐらい。(職業病はある?)<おかみ>そんなこと言ったらご飯食 べられない。<親方>無いだろうな。でもさあ、仕事やるっていうと、この木の粉を
吸い込むでしょう? だから俺、焼き場行くと炭になるんじゃないかと思う。(笑) |