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縫製工場の方が使っている方が多い
二枚の刃を合わせて切れ味をだすのは手仕事
庄三郎の名前のない製品は販売しておりません
糸クズと一緒に捨ててしまう
香港、台湾、その他へは輸出しています
日本刀からの伝統技術を継承して作っています
本人がやる気が、あるか、ないか
日本の裁ち鋏の歴史
一本の鉄材から鋏が出来るのを見て

English interview

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縫製工場の方が使っている方が多い
(店は何年位続いている?)ええと、創業としましては大正九年ですから、八十年に なりますね。(根岸の方は?)根岸の方は本社なんですよ。本社というよりは、商売 を始めた所なんですよ。土地が狭いので、こっちの方に工場だけ移したんです。(立 派な工場!)いいえそんなに広くはないんですけど、一応数量を作るのにはこのくら いの設備をしないと、今はもうずっと以前より数量が少なくなりましたけども、一時 期は間に合わないぐらい品物が出ましたね。全国どこの鋏屋さんも品物が間に合わな いぐらい売れたんです。(それはいつ頃?)昭和の時代ですけど。(婦人雑誌に型紙 がついていた頃?)もう盛んでしたね。若い人達が洋裁学校(ドレスメ−カ−)へ通 い始めた頃ですね。戦後、物が無かったときに洋服を作ると言うことで、学校へ習い に行って道具の一つに鋏を使われた時ですね。(三浦さんが仕事を始めたころ?)わ たしは昭和二十九年から入門しましたからその頃からですね。(庄三郎はお父さんの 名前?)ええ。三浦庄三郎と言う名前なんです。そのまま自分の名前を名称にしたん ですよ。(学校を出てからずっとこの仕事を?)ええ、工場で仕事をしながら、下職 を回ったり得意先にも配達に回ったりもしました。(営業?)まぁ、営業というか、 いろいろやりました。でも、工場の中ばかり居ますと、世間のことが全然わかりませ んから、やはり外に出ていろいろの方々に接しないとだめですね。職人はとかく仕事 場に入りきりになりがちですよね。しゃべることが苦手のこともあります、だからど うしても仕事場で仕事をしてしまうのです。確かによい品物を作るということでずっ とやっていくのはいい事でしょうけど、やはり世の中で要求されていることがありま すから、それを受け入れていくには、外にも出て自分の仕事にプラスしていくほうが いいんじゃないですか。(鋏もお客さんからの要望で変わる?)いいえ、私どもの鋏 はどっちかと言うと素人さんよりも縫製工場の方が使っている方が多いんですよ。勿 論、素人さんの方も沢山お使いになっていただいていますけど。(洋服を作っている 工場に納める?)そうです。また洋服屋さんは洋服屋さんでご自分の好みのタイプの 鋏がありますから、例えば自分のお師匠さんが使っていた鋏を、お前これが良いから こういう鋏使えよ、と名指しをされる職人さんも居たようです。(小売り店にも有 る?)ええ、全国のデパ−ト、手芸専門店、刃物専門店にあります。(洋裁用裁ち鋏 が多い?)ええ、そうなんです。裁ち鋏だけ作っているのです。

●二枚の刃を合わせて切れ味をだすのは手仕事
(トンテンカン、トンテンカンと叩いて作った時もある?)はい、昔はね、トンテン カンだったのです。終戦後、数年間はそれで間に合っていたんだけれども、需要の方 が多くなって来たのでそれじゃ間に合わないと思い、作り方をちょっと変えまして ね、それで量産が出来るようになったんです。他の同業者の人達もだんだんと変わっ てきました、また材料も量産出来るようなものも出てきましたのでトンテンカン時代 の物と少しも変わらない商品になりました。(今は、機械で作る?)いいえ、全体的 に言いますと殆ど手仕事なんです。機械だけではないんです。砥石で削ったり、バフ で磨いたりするのは機械でも出来ますが、二枚の刃を合わせて切れ味をだすのは手仕 事なんですよ。これだけは機械ではできません。(やっぱり!)ええ、これだけは昔 から伝統的の技術で一丁づつ刃の擦り合わせをして切れ味をだしているのです。古来 からの伝統的な作り方だけですと値段が高くなってしまいます。鋏は道具の一つです からあまり高くなっても使って貰えませんからね。ですからある程度量産ができるよ うにしていかないと値段も下げられません。美術工芸品みたいなものでしたら、手仕 事だけで作って価額も高価になつてもいいかも知れませんが、鋏はそうはいきませ ん。ある程度機械で作っても大差がないので現在も作っています。いま昔の方法で作 りますとね、一丁、そうですね、八万円位になりますかね。八万円もしたら誰も買っ てくれませんよね。たとえば洋服屋さんが百万円の洋服を作るからと言っても、ま ず、八万円以上の鋏は買ってくれないと思いますよ。(昔の作り方での注文もあ る?)いいえ、ありませんね。たとえあったにしても値段を聞くとびっくりします よ。まぁご趣味でそうゅう物を集めている方はいるかも知れませんが、まぁそれこそ 何年、何十年に一回は問い合わせはあるかなぁ(笑)。私どもでは今。一般的な寸法 の240ミリ(全長)で小売価格5600円なんです。他のメ−カ−ですともう少し 高いものもありますが一般の方に、この鋏お幾らですか、と聞かれて5600円です よ と言うと えっ と言います。大体、鋏でその位の長さ 大きさの寸法ですと、抵 抗無く買っていただける価格は2500円から3500円位の価格です。それ以下じ ゃ、品質が悪いのではないかと思われて買いません。 アンケ−トで調べた結果その ようです。

●庄三郎の名前のない製品は販売しておりません
(庄三郎 の鋏が売れるのはなぜ?)品質は勿論、名前が多少知られておりますの と、全国的に数量も出ていますし、ラジオでも宣伝放送しましたから、縫製工場の方 も名前だけは覚えてもらっているんです。それで、買って使っていただいて良い商品 と言うことで愛用していただいています。(洋裁店でも使ってる?)ええ、勿論、使 っていただいております。刃物の作名は皆さん知らないもんですよ。気にしないので すかね、カメラなんかはキャノンと知っていますが、鋏のメ−カ−の名前を知らない 人が多いですよ。鋏に名前が入っていることは知っているようですが気にしないよう です。価格で買ってしまうようですね。(一般向けの商品名は?)名前にはいろいろ ありますよ。私どものは庄三郎という名前ですけれど、問屋さんが持っておられる名 前のものもあるのです。職人に作らせて問屋さんの持っている名前を打たせて商品を 販売されているのです。(庄三郎さんはそういう問屋にも出す?)はい、出すことも ありますが、その場合は必ず裏側に庄三郎作と入れさせていただいております。庄三 郎の名前のない製品は販売しておりません。製品には絶対メ−カ−としての責任があ りますから。

●糸クズと一緒に捨ててしまう
(糸切り鋏の数量は多いのですか)最近少なくなりましたね。う−ん、一般の方はあ まり使いませんね。ただし年配の方はまだ使われているようですね。縫製工場では今 でも使って戴いておりますが、やっぱり無くしちゃう方が多いようです。糸切り鋏は 小さいので、どっかにいっちゃって、糸クズと一緒に捨ててしまうことがあるよう で、消耗品になってしまいますね。(あ、この鋏見覚えがある!)糸切り鋏の歴史は 裁ち鋏より古いのですよ。(舌きり雀のお婆さんが持っていた?)そうです、そうで す。(あの糸きり鋏は随分大きかった?)そうですね。あれは爪を切ったりもしたで しょう、それからお相撲さんのちょんまげを切るのにも使ってましたけど、最近は、 長い大きなハサミで切っているようですね。

●香港、台湾、その他へは輸出しています
(最近、商品の売れゆきは?)減少傾向ですね。ここ10年位前からですね。(安い 紳士服が出てきた頃から?)そうですね、その頃から段々と売れゆきが悪くなりまし た。全国でも、ものすごく需要が少なくなりましたね。(職人さんも減った?)職人 さんは皆さん年配の方が多いですから、どうやらこうやら、食べてはいっております が、数量的にはずっと以前より少なくなりましたね。(庄三郎さんでは、今、何丁位 作っている?)随分少なくなりましたよ。一時は数十万丁でしたが、今は、ずっと少 なくなりまして年間で数万丁位となりましたね。縫製工場(大手)が殆ど中国や東南 アジアの方に工場を移した事が大きいですね。(日本の鋏は中国に輸出しない?)勿 論したいのですが、値段の面で中国では輸入しても売れないそうです。何しろ全体的 に値段が安いので道具の高価なものは使えないとのことです。中国の鋏は安価です。 製品は良いとは言えません。工賃も安いし、商品の値段も安いので道具も安いものを 使わないと合わないとのことです。日本の縫製工場の方が中国に行かれるときに私ど もの(庄三郎)鋏を持って行って工員に使うように渡したら使わないうちに、家に持 ち帰り、鋏どうしたと尋ねると、失くしちゃつた、と言うんです。ですから企業はた まらないのでやはり、現地の安い鋏を買ってしまうそうです。(東南アジアへの輸出 はない?)いいえ、香港、台湾、その他へは輸出しています。戦前から台湾には輸出 していました。戦後、香港、台湾には随分多く輸出しました。今は一時の半分以下に なりましたね。台湾では庄三郎は有名商品の一つですので、偽物が出たときもありました。

●日本刀からの伝統技術を継承して作っています
(外国の鋏でよい品物はある?)ありますよ。それはちょつと古い形の物ですが、や はり、ドイツ製のものなんか結構素晴らしいものもありますよ。(外国製はどこが違 う?)デザインと仕上げ方が違いますね。全体的にモダンな感じがします。その点、 日本の刃物(はさみ)は日本刀からの伝統技術を継承して作っていますからね。(仕 上げとデザインの違い?)要するに、デザインプラス仕上げかたでしょうね。(それ は、使ってみてどう?)デザインで買って使ってみようかと思うか、自分の手の指に 合って使い勝手の良い方を選ぶかですね。(外国製にはおしゃれなハサミがある?) ありますよ。(日本の裁ち鋏の特徴は?)日本刀からの伝統的技術から来ているので す。日本の裁ち鋏はやはり、刃の部分に鋭さが出ていて二枚の刃の擦り合わせ(調 子)を軽くしてあります。布地を裁断するときも楽に切ることができます。(外国製 のハサミはどう?)作り方も材質も違いますし外国製は刃の擦り合わせ(調子)は重 く出来ています。外国の人達はこれで充分なんです。(日本人が使える?)使えない ことはないのですが、一般的には手が疲れると思います。洋服屋さんもまず使えない と思いますが。(外国の人達はどうして使っている?)外国の人達は手が大きいので 力もありますので物を切ったときに手で切った感触がないと物足りないそうです。日 本人は指を四本入れて握り、布地を裁った時に軽く切れないと、気がすまないと言い ます。

●本人がやる気が、あるか、ないか
(後継者は?)息子がいますが、会社の金庫番をしています。(はさみ作りの方 は?)今はしておりませんが、一通りのことは分かっています。けれども技術的な事 は、まだ未熟です。どこでも、息子さんがあと継いでくれないのですよ、と、聞きま すが、だってお父さんが常日頃「儲からない、儲からない。これから先、この商売は 望みはないよ」と言っていれば誰だって継ぐ人はいませんよ。今月、給料払えない よ、と言ってたら、お前継げよと言ったって「先行き望みの無いんじゃ嫌だよ」と言 われてしまいますよね。(サラリ−マンが嫌で戻ってくる人も居るみたいだけど?) そういう話も聞いていますけれどね。(昔のように中卒位が修業を始めるのがい い?)そうですね、今は、昔ほど年期を入れて仕事を覚えなくてもいいですが、た だ、本人がやる気が、あるか、ないか、ですね。その間、仕事に飽きが来て途中で辞 めてしまうのですよね。

●日本の裁ち鋏の歴史
(日本の裁ち鋏の歴史は?)ここに良い資料がありますのでご覧ください。 ・・・・昔、江戸にはあらゆる物品の製法技術が発達していた、とくに武家用の刀剣 類には精巧なものが多く作られていた。泰平の世となったため刀剣の需要が減り、盛 んだった鉄砲の製造も禁じられたのでそれらの鍛冶職人はその技術を生かして日常生 活に必要な刃物の製作に専念することになった。江戸時代の刀鍛冶が作った鋏の始ま りは木鋏即ち植木用の鋏であり、裁ち鋏の原形とも言える。明治時代に入り服飾の急 激な欧風化にともない、それまで布地の裁断用として使われた刀、裁ち包丁、握りは さみ、木鋏のかわりに、厚い服地即ちラシヤ布の裁断用として切る力が強く、長い刃 で能率的に切る事の出来る裁ち鋏が使われるようになった。江戸の刀鍛冶、小塚原金 蔵の弟子であった吉田弥十郎(通称 弥吉)は廃刀令により刀の製作を断念し主に木 鋏を作っていた。服飾の欧風化により多量の服地が輸入され、これと同時に横浜あた りの商人が舶来の鋏を持ち込んだと伝えられている。この舶来の鋏を見せられた弥吉 は刀鍛冶の技法を生かして従来にない技法を考案し、一本の鉄材から刃を打ち出し、 舶来に劣らぬ精巧で、使いやすい鋏を作り出した。 これが我国の裁ち鋏の始まりとされている。弥吉は数十名の弟子がおり、何れも独特 の技術によって裁ち鋏を作り、服飾縫製業界に貢献した孫弟子も数十名いて、今日の 東京裁ち鋏製造業者は皆この弥吉の系統に属し夫々伝統技術を正しく継承して東京製 裁ち鋏として優秀な鋏を作り続けている。 ・・・・

●一本の鉄材から鋏が出来るのを見て
(三浦さんのお父さんはどうして鋏作りをするようになった?)父が子供の頃、家の 側に弥吉師の弟子の工場がありまして、一本の鉄材から鋏が出来るのを見て面白くな り弟子入りしたのが始まりだそうです。昔は下町には職人さん達がいっぱい居たそう ですね。(では、工場の中を見せてください)はい、どうぞ。今、この工場では騒音 とか、振動の出る大きな機械の稼動は出来ないのです。隣接地に住宅が多くなった為 です。鋏を作る最初の工程は新潟の工場でつくり、ここでは熱処理(焼き入れ)をし た後からの工程をしています。熱処理した後は必ず狂いがでますのでそれを直してい ます。この仕事は昔と変わりません。一本、一本金槌でたたいて直しますそのあと機 械にかけて砥石で削ります。削りが終わると研磨です。一本一本バフにかけて日本独 特の磨きにします。磨き終わると、製品に庄三郎作の名前を入れてねぢを入れます。 鋏にねぢを入れてから二枚の刃の擦りあわせをして調整します。この作業は昔からの 伝統技術です。(その木の棒は何をする?)これは、鋏の刃を起こしたり捻ったりす る道具です。この作業は東京製品だけです。弥吉師からの伝統技術の一つです。ねぢ を入れて、調子取りが終わると今度は、ハンドル部分の塗装です。当社では塗料の粉 を吹きつけて静電気で付着させて、焼付炉にて焼き、出来上がる。出来上がった製品 はもう一度最終検査をして、箱詰めして出荷します。以上で説明を終わります。(あ りがとうございました)


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