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おやじが兜をはじめた
屋号
鎧兜を飾るのは江戸時代から
兜を被ってる人は後ろに居た
十七、八で一人前
出生率が毎年気になる
やさしいところが無い
義経が売れる
武将によって形が違う
神社仏閣で勉強
小さいのが売れる
五十年
倅(せがれ)も一通りはできる
兜は丈夫
おかみさんの仕事が無い
自分で作った物が売れると
 
おやじが兜をはじめた
(もう何年ぐらい?)ここに来て五十年、あたしの先代からなんで。その前はおじい さんがやっぱり厩橋(うまやばし)でのところで戦前は、やった。(その前はこうい う仕事じゃなかった?)そうですね、うちのおじいさんはね、明治三年生まれなんで すけども、あの、日本橋の<えいとくさい>(・・・字不明)っていうとこの仕事や ってたんですよね。兜はやってなかったんですよ、そんときは。飾り屋だったんです 。(飾り屋はどういう仕事?)お雛様の冠とかね。そういうものなんですよ。(それ でこちらはおとうさんの代から?)ええ、そうです。先代から。で、あたしで三代目 。(兜はじめたのはおじいさん?)えーと、あたしの親父なんですけどね。兜はじめ て、まだ四十年ちょっとなんですけど。で、戦前はおもちゃの鉄兜とかそういうのや ってたんですよ。(兵隊さんがかぶるような?)いやぁ、もう本当のおもちゃですよ ね。ええ、こういうもん作っちゃいかんということになって、昭和十八年ごろから、 もう、十九年ごろには完全に作れなかったですね。

屋号
(屋号は?)ぎょうざん。暁に、山、暁山。(兜の銘も暁山?)ええ、暁山。(世襲 でその名前がつく?)あの、あたしの親父がね、あの、俳句が好きなんでね。で、た またま、昔の朝日新聞に投稿して、それで、名前が<ぎょうせい>(・・・字不明) っていったんですけども。で、ちっと、ぎょうせいじゃ、山にしようってことで、暁 山。(小柴さんは俳句は?)やりません。そういう才能はありません。
 
鎧兜を飾るのは江戸時代から
(昔の鎧兜からの流れがある?)そうですね、鎧兜、実際に、あの、戦争で使ってた っていうのは、実際に昔のお侍さんが戦争してたっていうのは、戦国時代、あの信長 の時代ぐらいまでですよね。それから後、江戸時代に入ってからは、ほとんどうちの 中で飾るってのが・・・。そういうふうに聞いてますけども。(そういう流れが飾る 兜の作り方に影響を?)そうです。(小柴さんは兜の形から作る?)そうです。(で 、飾りを付ける?)そうです。あと、一部メッキ屋さんとか、それからプレス屋さん とか、糸屋さんから糸買って来る、皮屋さんから皮を買って来る、箱屋さんから箱を 買って来る、それでまとめて売るんですよね。(兜に型がある?)え、一応あのね、 戦国の武将の兜を形(かたち)にして・・・。(どういう言い方?)えーと、楠木正 成とか、織田信長、豊臣秀吉、源義経、平維盛、えー、南部まさなが(字不明?)と かね。いろいろ、十種類位今やってはいるんですけどね。(昔はだれのがいいって言 って買った?)そうなんですね、武田信玄とかね。(ご贔屓があって?)そうなんで す。(売れ筋がある?)そうですね、(笑)で、甲府の方へ行くと、今はどうか知り ませんが、昔は武田信玄「公」って言わないと、道も教えてくれないっていうような ね・・。(今はどんなものが多い?)今はもう、そうですねぇ、あまりその武将って 言うんじゃなく、ただ兜の形をしてお節句に飾るっていうのが。(皆さんこだわらな い?)そうですね。(兜も部品に呼び名がある?)あります。例えば吹返(ふきがえ し)とか、兜の鉢とかね。(これは?)鍬形。こういうところが、八幡座(はちまん ざ)って、頭のてっぺんだよね。神が宿るっていう言い方です。(部品はいくつぐら い?)そりゃもう、細かいのいれれば七、八十種類ぐらい。(もちろん自分で作る部 分もある?)そうです、こういう皮を付けたり、こういうのを叩いたりするわけです ね。

兜を被ってる人は後ろに居た
(飾る兜は歴史がかなり古い?)そうですね、もう、江戸時代入ってほとんど飾って 、戦争がないっていうんで。それからまあ、昔も、鎌倉時代との戦争の仕方が、鉄砲 ができてからは、大部違ってきているんですね。(やっぱり刀の時代の物?)そうで すね。鉄砲の時代に入ってから、もう、信長の時代になってからは、ほとんど鎧兜着 て戦争する、戦(いくさ)をするってことがないんですね。(こういうので本当に守 れた?)守れた?、うーんそうですね、まっ、三十キロ位あったっていいますからね 、実際にねえ。(笑)で、身長がないでしょうから。(笑)(これを被っている人は 、後ろの方にいて?)前の方で殺し合いしてるんじゃないかなぁ、腰引いて、行けー ! あぶねえぞー! なんて、下知(げち)するばかりで。(笑)

十七、八で一人前
(いくつ位の時から?)私はねえ、十七、八からねえ、あの、やってたんですけどね 。もう、小学校ん時からねえ、手伝わせられたもんですよ。ええ、昔はね、戦前はね 。手伝わされました、小学校五年生ぐらいん時からね、手がないから。(もう十七、 八からは本格的に?)そうですね、十七、八ん時はもうやってましたねえ。いやいや ながら。(今はどうですか?)今はもう、若い時と違って、目がやっぱりね、細かい 仕事は出来ませんよねえ。(最近からだ悪くした?)ええ、今でもそうなんです。こ こに一日座っていましたからね。もう。運動、運動ったって、歩けったって、用がね えのに、歩いてもしょうがない。(笑)少しでも仕事しようってね、やってましたか らねえ。(職業病っていうのがある?)ええ、昔は、十二、三年前まではねえ、朝八 時頃から仕事はじめて夜九時、十時までやってましたからねえ。で、あのー、際物( きわもの)っていって、季節商品ですから、要らないって言われると困るんで、日曜 も休まずに、やるんですよねえ。(じゃあ忙しい時期が決まってる?)そうです。だ いたいまあ、十二月、一月、二月、三月、この四ヶ月半ぐらいがね。そういうことな んですよ。で、昔はね、まあ、私の親父ぐらいの時、私の親父は明治三十四年生まれ なんですけども、お節句終わると一週間か十日ぐらい、うち空けて帰って来ないって 人が多かったんですよ。(宵越しの金持たない?)そうです、昔はねえ。(ずーっと 、お父さんと二人で?)そうですねえ、十五、六年間、ええ。

出生率が毎年気になる
(この商売は今でも流行っている?)そうですね今、お子さんが昭和四十年頃からの 半分、昭和四十一年の時に丙午って、女の子が産まれると、こうだなんていうような ジンクスが沢山あったんですね、そんでも二百十万人ぐらい出生率がありましたよね え。(出生率の低下が毎年、気になる?)なりますね、ええ。(同業者は全国にかな り?)東京近辺で、十人位。関東一円で十二、三人ってとこですかね。(皆さんかな り年配?)そうみんな二代目、三代目。(おたくの職人さんはいない?)そう、いな いんです。みんな、みんな独立したり、ええ。一時、あの、十人位いたんですけどね え、アルバイト入れるともっといたんですけどねえ。(いつごろ?)昭和四十二、三 年。もう、いくら作っても作っても間に合わなくて。(兜を買う人が減ったせいも? )そうですね、今ねえ、一時ほどないみたいですね。(男の子が産まれたから必ず兜 を買う?)ということは、ないですからね、ええ。鯉のぼりも。(昔の鯉のぼりは買 っても今は流す場所がない?)そうですね。いま東京ではね、二メートル位の鯉のぼ りしか出せないですよね、ベランダんとこに。

やさしいところが無い
(作る時に一番難しいところは?)やさしいところが無いっていう感じですよね。( じゃ、出来映えはどこで見る?)あのねー、商売人が見ると、こう曲がっているとか いうの、すぐわかるんでねすよね。これは真っ直ぐになってますけれども、ちょっと これは下に横にずれているとかね。

義経が売れる
(何か理由がある?)そうですねー、相対に、こう、高さが高くて。あのー、信長と か、鍬形の全然ないのもあるんですよ。だから、ちょっと見た瞬間に、こう、賑やか な感じ、なんですね。(鍬形があるのが人気?)そうですね。(鍬形がないのもある ?)ありますよ。あそこの写真ですけど、あれが鎌倉時代の、御岳山にある、畠山重 忠の胴と鎧ですよね。まあ、あれなんか鍬形ないんですよね。(それはお侍の好みだ った?)そうですね。

武将によって形が違う
(信長と義経の違いは?)そうですね、時代もだいぶ違いますけども、形がそれぞれ 、その武将によって違うんですね。(特に違うところは?)鍬形。(小柴さんは、だ れが好き?)いや、だれが好きって、自分で作り易いのが一番いいですよ。(作り易 いのはだれ?)あ、やっぱえい義経。たいして変わりはないんですけど、なんかやり いいような、一番、数作りましたから。もう、何百個って作りましたから。(他の人 のを見てだれのかわかる?)わかりますよ。

神社仏閣で勉強
こっちにあるのが、十何年前に私が作ったやつ。(皮の色柄が渋い?)渋い。(こう いう昔の物を模写する場合には勉強する?)ええ、勉強、本当に、神社仏閣行って、 見してもらったり、なんかね。そういうことも、やってますよね。私は一、二回しか 行ったことないけども。(神社仏閣行くと何が役立つ?)本物のね、神社にあるんで すね、兜が。そういう、予約しておかないと、めったに見してくんないですけどね。 組合でなんかよく行きますよ。(この吹返の所は、今でも皮を使って?)そうです。 (入手困難?)そんなことはないですね。(皮屋さんで、こういう柄に?)柄はうち の方で選ぶんですけどね。(絵柄は自分で考える?)いや、専門の本があるんですよ 。そういうのから見て。

小さいのが売れる
(小さいのと大きいのとじゃ、小さい方がたいへん?)小さい方はねー、たいへんで もよく出るんですよ。十年位前から名将兜っていう風にしましてね、あれがね、かな り売れるんですよ、おみやげにね。今、デパートなんかに随分でてます。空港なんか でも外国のおみやげにね。あれは、もう四季関係なく、コンスタントに。値段も安い ですからねえ。(小さくても作り方は同じ?)メッキでも何でも全部、二十四金メッ キですから。一つ一つ手作りですから。(機械化できる作業じゃない?)ええ、でき ないです。機械にしたら、相当かかりますよね。

五十年
(この作業台一個で何でもやっちゃう?)もうこれはね、五十年。(五十年!)(笑 )ええ、もっと古いのもありますよ。ええ、私が小学校四年生からある。(だんだん 低くなってっちゃう?)そうです。だんだん低くなりますね。(重たい?)まあ、そ うでもないですね。、これがないと本当に、一番困る。何やるにしても、これなんで すね。

倅(せがれ)も一通りはできる
(後継者は?)まあ、手伝ったり、手伝わなかったり、今いたの、せがれなんですけ どね。ほんと、やるんだか、どうなんだか、まったくわかんないです。(でも、一通 りは?)一通りはできます。(もう、何年位やってる?)七年半くらい。(もうその くらいで、もう?)大体出来ますよね、普通のものはね。まあ、五、六年やれば。あ とはもう、きりがないですよね。

兜は丈夫
(兜は丈夫?)丈夫です、ええ。(一生もの?)そうですね、本当に、今うちあたり 、かなり修理があちこち問屋さんから来てるんですけど、昭和四十二年製とか三十七 年製なんて来てますから。(どういう修理?)鍬形がはげたの。あと、皮をやぶいち ゃったりね。(飾っといても、男の子遊んじゃう?)そうなんです。それでね、危な いからっていって、今、箱の後ろにね、注意書きを貼っているんですよ。これも、う ちで作ったんです、作ったんですけど、作って四十年位たちますけどねえ。(すごい 、遊びたくなっちゃう)そうですよ。この、この辺の子供ねえ、今、三十位の人たち がみんな、うちに来て遊んでてね、これでもってふざけていたんですよ。(刀も作る ?)今やってません、前、作ったんです。なかなか抜けなくてね、親父と怒られてま した。これが、その一つなんですよ。とうとう抜けなくて、売り物んなんなかった。 なつかしくてね、とってあるんですよ。(雛人形の小さな物も作る?)そうです。冠 なんかね、うちで、今でも作ってるんですけどね。それから玉串とかですね。(やっ ぱり注文生産?)特殊なもんはね。ただ、うちは今、ほんと職人さんの仕事やってい るっていう感じなんですよ。

おかみさんの仕事が無い
(おかみさんも仕事一緒に?)(おかみ)そうですね、うんと盛りの時は、お店の人 のご飯作ったり、その合間に、こうー、のりづけを手伝ったりとかね、してたんです よ。でもすっかりもう、主人と、あとちょっとね、アルバイトできている人で間に合 うってことで、私はもう手伝うところがないんで、もう本当に銀行に行ってとか、そ ういう程度で。(また子供の数が増えてくるといい?)そうですね。(若い人を元気 づけては?)あのね、人形供養なんていうのあるんですけども、上野やなんかの神社 でやりますね、お雛様の場合。

自分で作った物が売れると
(今は平穏無事?)そうですね。別に派手なこともないし、食うに困るわけでもない し、まあまあどうってことないんですけどねえ。私も満六十七歳ですから、どっか悪 くてもしょうがない。(遊ぶにはどの辺?)どの辺ですか? 最近もうねえ、(昔は ?)昔は神谷(かみや)バーだとかねえ。(もうちょっと色気のある所?)色気のあ る所ですか? まあ、昔若い時はね、あちこち行きましたけどね。(神谷バーも今だ に?)たまに行きます。(仕事するの楽しい?)楽しいですね、ええ。自分で作った 物が売れると、もうそりゃあもう、何とも言えないですね。(笑)

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