●おやじが兜をはじめた
(もう何年ぐらい?)ここに来て五十年、あたしの先代からなんで。その前はおじい さんがやっぱり厩橋(うまやばし)でのところで戦前は、やった。(その前はこうい
う仕事じゃなかった?)そうですね、うちのおじいさんはね、明治三年生まれなんで すけども、あの、日本橋の<えいとくさい>(・・・字不明)っていうとこの仕事や
ってたんですよね。兜はやってなかったんですよ、そんときは。飾り屋だったんです 。(飾り屋はどういう仕事?)お雛様の冠とかね。そういうものなんですよ。(それ
でこちらはおとうさんの代から?)ええ、そうです。先代から。で、あたしで三代目 。(兜はじめたのはおじいさん?)えーと、あたしの親父なんですけどね。兜はじめ
て、まだ四十年ちょっとなんですけど。で、戦前はおもちゃの鉄兜とかそういうのや ってたんですよ。(兵隊さんがかぶるような?)いやぁ、もう本当のおもちゃですよ
ね。ええ、こういうもん作っちゃいかんということになって、昭和十八年ごろから、 もう、十九年ごろには完全に作れなかったですね。 ●屋号
(屋号は?)ぎょうざん。暁に、山、暁山。(兜の銘も暁山?)ええ、暁山。(世襲 でその名前がつく?)あの、あたしの親父がね、あの、俳句が好きなんでね。で、た
またま、昔の朝日新聞に投稿して、それで、名前が<ぎょうせい>(・・・字不明) っていったんですけども。で、ちっと、ぎょうせいじゃ、山にしようってことで、暁
山。(小柴さんは俳句は?)やりません。そういう才能はありません。
●鎧兜を飾るのは江戸時代から
(昔の鎧兜からの流れがある?)そうですね、鎧兜、実際に、あの、戦争で使ってた
っていうのは、実際に昔のお侍さんが戦争してたっていうのは、戦国時代、あの信長 の時代ぐらいまでですよね。それから後、江戸時代に入ってからは、ほとんどうちの
中で飾るってのが・・・。そういうふうに聞いてますけども。(そういう流れが飾る 兜の作り方に影響を?)そうです。(小柴さんは兜の形から作る?)そうです。(で
、飾りを付ける?)そうです。あと、一部メッキ屋さんとか、それからプレス屋さん とか、糸屋さんから糸買って来る、皮屋さんから皮を買って来る、箱屋さんから箱を
買って来る、それでまとめて売るんですよね。(兜に型がある?)え、一応あのね、 戦国の武将の兜を形(かたち)にして・・・。(どういう言い方?)えーと、楠木正
成とか、織田信長、豊臣秀吉、源義経、平維盛、えー、南部まさなが(字不明?)と かね。いろいろ、十種類位今やってはいるんですけどね。(昔はだれのがいいって言
って買った?)そうなんですね、武田信玄とかね。(ご贔屓があって?)そうなんで す。(売れ筋がある?)そうですね、(笑)で、甲府の方へ行くと、今はどうか知り
ませんが、昔は武田信玄「公」って言わないと、道も教えてくれないっていうような ね・・。(今はどんなものが多い?)今はもう、そうですねぇ、あまりその武将って
言うんじゃなく、ただ兜の形をしてお節句に飾るっていうのが。(皆さんこだわらな い?)そうですね。(兜も部品に呼び名がある?)あります。例えば吹返(ふきがえ
し)とか、兜の鉢とかね。(これは?)鍬形。こういうところが、八幡座(はちまん ざ)って、頭のてっぺんだよね。神が宿るっていう言い方です。(部品はいくつぐら
い?)そりゃもう、細かいのいれれば七、八十種類ぐらい。(もちろん自分で作る部 分もある?)そうです、こういう皮を付けたり、こういうのを叩いたりするわけです
ね。
●兜を被ってる人は後ろに居た
(飾る兜は歴史がかなり古い?)そうですね、もう、江戸時代入ってほとんど飾って 、戦争がないっていうんで。それからまあ、昔も、鎌倉時代との戦争の仕方が、鉄砲
ができてからは、大部違ってきているんですね。(やっぱり刀の時代の物?)そうで すね。鉄砲の時代に入ってから、もう、信長の時代になってからは、ほとんど鎧兜着
て戦争する、戦(いくさ)をするってことがないんですね。(こういうので本当に守 れた?)守れた?、うーんそうですね、まっ、三十キロ位あったっていいますからね
、実際にねえ。(笑)で、身長がないでしょうから。(笑)(これを被っている人は 、後ろの方にいて?)前の方で殺し合いしてるんじゃないかなぁ、腰引いて、行けー
! あぶねえぞー! なんて、下知(げち)するばかりで。(笑)
●十七、八で一人前
(いくつ位の時から?)私はねえ、十七、八からねえ、あの、やってたんですけどね
。もう、小学校ん時からねえ、手伝わせられたもんですよ。ええ、昔はね、戦前はね 。手伝わされました、小学校五年生ぐらいん時からね、手がないから。(もう十七、
八からは本格的に?)そうですね、十七、八ん時はもうやってましたねえ。いやいや ながら。(今はどうですか?)今はもう、若い時と違って、目がやっぱりね、細かい
仕事は出来ませんよねえ。(最近からだ悪くした?)ええ、今でもそうなんです。こ こに一日座っていましたからね。もう。運動、運動ったって、歩けったって、用がね
えのに、歩いてもしょうがない。(笑)少しでも仕事しようってね、やってましたか らねえ。(職業病っていうのがある?)ええ、昔は、十二、三年前まではねえ、朝八
時頃から仕事はじめて夜九時、十時までやってましたからねえ。で、あのー、際物( きわもの)っていって、季節商品ですから、要らないって言われると困るんで、日曜
も休まずに、やるんですよねえ。(じゃあ忙しい時期が決まってる?)そうです。だ いたいまあ、十二月、一月、二月、三月、この四ヶ月半ぐらいがね。そういうことな
んですよ。で、昔はね、まあ、私の親父ぐらいの時、私の親父は明治三十四年生まれ なんですけども、お節句終わると一週間か十日ぐらい、うち空けて帰って来ないって
人が多かったんですよ。(宵越しの金持たない?)そうです、昔はねえ。(ずーっと 、お父さんと二人で?)そうですねえ、十五、六年間、ええ。
●出生率が毎年気になる
(この商売は今でも流行っている?)そうですね今、お子さんが昭和四十年頃からの 半分、昭和四十一年の時に丙午って、女の子が産まれると、こうだなんていうような
ジンクスが沢山あったんですね、そんでも二百十万人ぐらい出生率がありましたよね え。(出生率の低下が毎年、気になる?)なりますね、ええ。(同業者は全国にかな
り?)東京近辺で、十人位。関東一円で十二、三人ってとこですかね。(皆さんかな り年配?)そうみんな二代目、三代目。(おたくの職人さんはいない?)そう、いな
いんです。みんな、みんな独立したり、ええ。一時、あの、十人位いたんですけどね え、アルバイト入れるともっといたんですけどねえ。(いつごろ?)昭和四十二、三
年。もう、いくら作っても作っても間に合わなくて。(兜を買う人が減ったせいも? )そうですね、今ねえ、一時ほどないみたいですね。(男の子が産まれたから必ず兜
を買う?)ということは、ないですからね、ええ。鯉のぼりも。(昔の鯉のぼりは買 っても今は流す場所がない?)そうですね。いま東京ではね、二メートル位の鯉のぼ
りしか出せないですよね、ベランダんとこに。
●やさしいところが無い
(作る時に一番難しいところは?)やさしいところが無いっていう感じですよね。(
じゃ、出来映えはどこで見る?)あのねー、商売人が見ると、こう曲がっているとか いうの、すぐわかるんでねすよね。これは真っ直ぐになってますけれども、ちょっと
これは下に横にずれているとかね。
●義経が売れる
(何か理由がある?)そうですねー、相対に、こう、高さが高くて。あのー、信長と
か、鍬形の全然ないのもあるんですよ。だから、ちょっと見た瞬間に、こう、賑やか な感じ、なんですね。(鍬形があるのが人気?)そうですね。(鍬形がないのもある
?)ありますよ。あそこの写真ですけど、あれが鎌倉時代の、御岳山にある、畠山重 忠の胴と鎧ですよね。まあ、あれなんか鍬形ないんですよね。(それはお侍の好みだ
った?)そうですね。
●武将によって形が違う
(信長と義経の違いは?)そうですね、時代もだいぶ違いますけども、形がそれぞれ 、その武将によって違うんですね。(特に違うところは?)鍬形。(小柴さんは、だ
れが好き?)いや、だれが好きって、自分で作り易いのが一番いいですよ。(作り易 いのはだれ?)あ、やっぱえい義経。たいして変わりはないんですけど、なんかやり
いいような、一番、数作りましたから。もう、何百個って作りましたから。(他の人 のを見てだれのかわかる?)わかりますよ。
●神社仏閣で勉強
こっちにあるのが、十何年前に私が作ったやつ。(皮の色柄が渋い?)渋い。(こう いう昔の物を模写する場合には勉強する?)ええ、勉強、本当に、神社仏閣行って、
見してもらったり、なんかね。そういうことも、やってますよね。私は一、二回しか 行ったことないけども。(神社仏閣行くと何が役立つ?)本物のね、神社にあるんで
すね、兜が。そういう、予約しておかないと、めったに見してくんないですけどね。 組合でなんかよく行きますよ。(この吹返の所は、今でも皮を使って?)そうです。
(入手困難?)そんなことはないですね。(皮屋さんで、こういう柄に?)柄はうち の方で選ぶんですけどね。(絵柄は自分で考える?)いや、専門の本があるんですよ
。そういうのから見て。
●小さいのが売れる
(小さいのと大きいのとじゃ、小さい方がたいへん?)小さい方はねー、たいへんで もよく出るんですよ。十年位前から名将兜っていう風にしましてね、あれがね、かな
り売れるんですよ、おみやげにね。今、デパートなんかに随分でてます。空港なんか でも外国のおみやげにね。あれは、もう四季関係なく、コンスタントに。値段も安い
ですからねえ。(小さくても作り方は同じ?)メッキでも何でも全部、二十四金メッ キですから。一つ一つ手作りですから。(機械化できる作業じゃない?)ええ、でき
ないです。機械にしたら、相当かかりますよね。
●五十年
(この作業台一個で何でもやっちゃう?)もうこれはね、五十年。(五十年!)(笑
)ええ、もっと古いのもありますよ。ええ、私が小学校四年生からある。(だんだん 低くなってっちゃう?)そうです。だんだん低くなりますね。(重たい?)まあ、そ
うでもないですね。、これがないと本当に、一番困る。何やるにしても、これなんで すね。
●倅(せがれ)も一通りはできる
(後継者は?)まあ、手伝ったり、手伝わなかったり、今いたの、せがれなんですけ
どね。ほんと、やるんだか、どうなんだか、まったくわかんないです。(でも、一通 りは?)一通りはできます。(もう、何年位やってる?)七年半くらい。(もうその
くらいで、もう?)大体出来ますよね、普通のものはね。まあ、五、六年やれば。あ とはもう、きりがないですよね。
●兜は丈夫
(兜は丈夫?)丈夫です、ええ。(一生もの?)そうですね、本当に、今うちあたり
、かなり修理があちこち問屋さんから来てるんですけど、昭和四十二年製とか三十七 年製なんて来てますから。(どういう修理?)鍬形がはげたの。あと、皮をやぶいち
ゃったりね。(飾っといても、男の子遊んじゃう?)そうなんです。それでね、危な いからっていって、今、箱の後ろにね、注意書きを貼っているんですよ。これも、う
ちで作ったんです、作ったんですけど、作って四十年位たちますけどねえ。(すごい 、遊びたくなっちゃう)そうですよ。この、この辺の子供ねえ、今、三十位の人たち
がみんな、うちに来て遊んでてね、これでもってふざけていたんですよ。(刀も作る ?)今やってません、前、作ったんです。なかなか抜けなくてね、親父と怒られてま
した。これが、その一つなんですよ。とうとう抜けなくて、売り物んなんなかった。 なつかしくてね、とってあるんですよ。(雛人形の小さな物も作る?)そうです。冠
なんかね、うちで、今でも作ってるんですけどね。それから玉串とかですね。(やっ ぱり注文生産?)特殊なもんはね。ただ、うちは今、ほんと職人さんの仕事やってい
るっていう感じなんですよ。
●おかみさんの仕事が無い
(おかみさんも仕事一緒に?)(おかみ)そうですね、うんと盛りの時は、お店の人
のご飯作ったり、その合間に、こうー、のりづけを手伝ったりとかね、してたんです よ。でもすっかりもう、主人と、あとちょっとね、アルバイトできている人で間に合
うってことで、私はもう手伝うところがないんで、もう本当に銀行に行ってとか、そ ういう程度で。(また子供の数が増えてくるといい?)そうですね。(若い人を元気
づけては?)あのね、人形供養なんていうのあるんですけども、上野やなんかの神社 でやりますね、お雛様の場合。
●自分で作った物が売れると
(今は平穏無事?)そうですね。別に派手なこともないし、食うに困るわけでもない し、まあまあどうってことないんですけどねえ。私も満六十七歳ですから、どっか悪
くてもしょうがない。(遊ぶにはどの辺?)どの辺ですか? 最近もうねえ、(昔は ?)昔は神谷(かみや)バーだとかねえ。(もうちょっと色気のある所?)色気のあ
る所ですか? まあ、昔若い時はね、あちこち行きましたけどね。(神谷バーも今だ に?)たまに行きます。(仕事するの楽しい?)楽しいですね、ええ。自分で作った
物が売れると、もうそりゃあもう、何とも言えないですね。(笑)
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