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| ●屋号 小林刷毛製造所っていうんですよ。祖父が、たぶん一人前になったときに付けたんだ と思うんですけどね。 ●歴史祖父の代からです。祖父が明治八年生まれなんです。昔のことですから、もう十五、 六で修業に入って、二十半ばぐらいにはもう一本立ちしたっていうような話聞いてま す。二十五だとして百年は経つんでしょうね。(その時代から池之端で?)そうです 。三代目なんていうと古いような感じだけど、刷毛屋っていうのは京都から元禄(時 代)に出てきた人が、今だに続いてますけどねえ。そこの家(うち)はもう作らない 。問屋さんとか、販売が主体になっちゃってますけど。今こういう経師(きょうじ) 刷毛を専門に作っている人間は、東京に五本の指居るかどうか。そんなような状態な んです。兄の息子が今年から始めましたんで。(歳は?)二十五かな。二、三年ほか へ行ったんですけど、親の仕事が良く見えるんですかね。 ●池之端 父はここで生まれて。今はサラリーマンが住むような土地になっていますけどね、昔 ここは池ノ端七軒町っていったんですが、五、六人の刷毛屋が居たっていう。この池 之端、根津、千駄木にかけて、一般的にいえば職人の町ですよね。その中でも刷毛、 ブラシっていうのが二十人ぐらい居たっていうのかな、それがだんだん時代とともに 、場所も広く必要、汚れ仕事が多いっていうんで、墨田区ですとか、足立区ですとか へ移った。 ●修業 ![]() (お父さんの仕事を見て?)まあ、そうですね。私は中学卒業して夜学行きながらや りましたから、十五からですか。でも、その十年間っていうのは、ただめし喰ってた ようなもんで。やる気も無いしね。まあ、適当に遊んでましたけどね。本当にやる気 になったのは結婚して子どもができてからですよね。でも見様見まねで。父も八十七 で死にましたから、われわれが修業するときは、それこそひっぱたかれるぐらいの形 で教わってきましたけれどね。(当時、職人さんは?)いや、私の知ってる時は居な かったですね。子どもの頃二人ぐらい居たのは覚えているんですけどね。父のやり方 が合わなかったのか、途中で若い人は出て行きましたけど。それと同時に刷毛ってい うもんが、だんだん時代の要請に必要なくなってきたっていう面があったかも知れませんね。 ●京都と東京 経師刷毛でも違うんですよ。糊の濃淡がありますんでね。東京のほうはごく濃い糊を使う、一般的にはね。で、京都を中心とした関西圏ってのは、薄い糊を使うもんですから、そうすると刷毛に使う毛が違うんですね。ま、おいおいお話ししますが。 ●動物の毛先 皆さんなじみの動物が使われていましてね。馬のたて髪と胴毛と尾毛、狸の胴毛と尾 毛、鹿の胴毛、山羊の髭と胴毛です。(長い毛は必要ない?)そうでもないんですよ 。製品にするときは、これなんか五、六センチですけどね、切っちゃうんですよ。も ともと、ある程度長いものからでないと、腰っていいますかね、バネの力を確保でき ないもんで。(材料は手に入る?)やっぱり天然のものんですからね、昔ほどいいも のが無いんですけど、それでもいろいろ調達してくれる人がいるもんですから。馬の 毛っていうのは、狸もそうですが、日本のものが一番いいんですよね。ところが、父 親の時代は軍馬ですが、私が知ってる頃でも農家っていえば必ず農耕馬が居ましたん でね、日本の馬が手に入りやすかったんですけど、今はほとんど居ないですね。でも 入ってくるんですよね。なんだろうと思ってね。これは当たってっかどうかわかんな いけど、たぶん競馬ウマにならないサラブレッドが私どものとこへ来てんじゃないか と思う。日本にもともと居た馬じゃないけど、やはり毛っていうものは、その土地に 住んで居ると、そうすっと馴染んじゃうんじゃないですかね。こういう高温多湿、冬 は寒くなる、夏はこう蒸し暑くなる、そういう所に住んでしまうと、もともと日本に 居た馬とおんなじような毛が育ってんじゃないかと思うんですよね。(動物を殺す? )最終的に、死んだときのしか。(なぜ?)たとえ尻尾でもね、馬の尻尾なんていう のは、それこそ手とおんなじですよね。やっぱり無けりゃなんないもんですよね。そ れを取っちゃうと馬そのものが手をもぎられたようなもんじゃないかと思うんですよ 。(切ってもまた伸びる?)ところが毛っていうのは、筆屋さんがもっと繊細なんで すけど、われわれ糊刷毛でも先が無きゃだめなんですよ。その先ってものは一本の毛 でも一カ所しかないんですよ。一番わかりやすいのは、赤ちゃんのうぶ毛ありますよ ね、あれ一回切っちゃうともうブッツンこになっちゃって、先ほそくならないんです よ。ですから一生に一回っていうかな。そんな感じになってきちゃうんですよ。よく ね、赤ちゃんのやわらかい筆、またあれじゃなきゃいけないって書体、がありますから。 ![]() ●動物の違い 狸の毛は先が黒くなって、中が白くなってますでしょう?そこまではいいんですけど、その先、元のほうへいくと細くなっちゃうんですよ。馬の毛もそうですが、だい た毛ってのは元へいくと太くなりますよね。犬系統ってのは中間が太くて、また元へいくと細くなる、そういう特徴があるんです。われわれの感じでは欠点なんですけど ね。それをうまく補わないと力が入らない刷毛ができちゃう。ただ狸の先ってのはい いもんですからね。(狸は高い?)高いです。(順番は?)一番が狸、つぎが馬のしっぽでしょうね。毛の厚みですとか、毛の長さによって用途が違うんです。経師屋さ んがそういったものを使い分けて。大きな面積を塗るのと、筋のように付けていくの とありますからね。そういった用途で毛の厚みを変えてますから。やらかい毛の場 合は、厚みをもたして腰をつけるって、われわれ「腰付け」って言うんですけどね、 まあバネの力を付けるってことなんでしょう。 ●経師刷毛 東京都の伝統工芸品で指定されてるのが七品目あるんですが、うちはそれ全部作って るわけじゃないんですよ。うちは経師刷毛。漆刷毛は漆刷毛屋さんが居ますしね。版 画刷毛は版画刷毛で。ただ、残念ながらそれだけで飯(めし)食っていけないもんだ から、あっちやったり、こっちやったり。(小林さんは経師刷毛だけで?)はい。今 、兄といっしょにやってるんですよ。兄は千葉県の習志野にいて、むこうで作ったも のをこっちに持ってきて、私はここで作ってお得意さんに出すって形態ですよね。( 昭和)三十年代は製本屋さんが、まだ刷毛を使う時代だったんですよ。本を作るのに刷毛を使って糊で作るっていう。そういう、いい時代だったんですよ。それがだんだ ん機械化されて、いま私どもで、それでも二割ぐらい出てますかね。ごくいいもの使 ってくれてますんでね。もともとの製本屋さんが駄目になってきたんで、おやじが修業した時代には経師屋さんの刷毛が多かったもんですが、また経師屋さんに戻ったよ うな形です。技術はそのまんま移行できるんで。多少形が違うぐらいなもんでね。 ●需要 兄と私が(修業に)ついた頃は、山手線の中のお得意さんですんだんですよ。それだ け密集してお得意さんが刷毛を使ってくれた。それがだんだん東京に広がり、関東に 広がり、今はもう、聞こえはいいんですけど日本全国のお客さんを相手にしないと。 それだけ密度が少なくなっちゃった。昔は、出来たものを自転車なり、バイクなりで 配達しましたけど。東大のむこうは小石川っていうとこで、製本屋さんの、よく小説 になんか載ってる工場密集地帯でしたからね。三十分も自転車乗ればお得意さんのと こへ行けるような距離でした。最近はトラック便で送るほうが多い。 ●作る手順 なんだかんだ細かいことまで入れれば百近いものになるんじゃないですか。(日数も かかる?)そうですね。ですから今日来て、いっちょう作ってくれって言われても出 来るわけじゃないですね。やっぱり仕込みっていいますかね、刷毛屋なりの仕込みが ありますんで。一週間で四十枚とか五十枚とか、そんなような形じゃないと、それも ある程度下仕事をやっといて。(木の部分も?)それは木曾のほうから取り寄せるん ですけどね。桧(ひのき)です。でも残念ながら、桧だけじゃなくてカナダのツグ材 も使います。桧が少なくなってるもんですからね。プラスチックなんかも。 ●作る醍醐味 やっぱり使ったお客さんが、良かったよって言ってくれることですね。そういう時ば っかりありませんけれどね。うちの刷毛、高いんですよ。最初やられたかたって安い もんから入りますよね、どの道具でも。それで自分の腕が上がってくると、道具に対 する物足りなさっていうのが出てくるわけですよね。それを親方なり、先輩なりに聞 いて、あそこの刷毛がいいよっていって来てくださるんですよ。買うときは高いです よね、ほかの刷毛より倍ぐらいしますからね。それで、一度使ってもらうと、仕事が もうぜんぜん違うってことでね、ご返事いただくんですよ。そういう時が嬉しいです よね。(腕が上がらないとわからない?)そうなんです。初めっから使ってっとこん なもんだと。それもほかの刷毛を使ったときに、わかんでしょうけど。(修業用の刷 毛もある?)うちのお得意さんでも、お弟子さんなんかは、親方が使えなくなったよ うなものをやりますよね。ほかの安い刷毛を与えて、そいでやらせて、だんだん腕が 上がってくると道具に対する見方も違ってきますんで。経済的な面もあんでしょうし、道具に対する見方っていうか、それもまた修業の一環にあるのかも知れませんね。 われわれも、おやじの道具なんか最初っから使わせてもらえない。自分の小遣いなり 給料もらった時に買ってきますよね。そうすると、いいもの買えませんよね。腕が悪 いときってそれですんじゃってて、道具に対する物足りなさってのが出てきたときに は、多少腕が上がってきた時なんでしょうね。それは自分でも実感してますから。そ れまでは、(お客さんに)いいものを買ってもらいたいって気持だけだったんですよ ね、若いときは。それが自分で刷毛を作るのがわかってきた時に、無理に高いものを すすめなくなりましたよね。その方がいいものを欲しいって言ったときじゃないと、 おすすめしても納得してもらえないなって。 ●毛だらけ (汚れ仕事?)その時によって毛だらけ、灰だらけになって。灰揉みっていいまして ね、お米の籾を炭みたいに蒸して焼いた灰なんですよ。そいで毛の油を取るんですよ 。表面に付いた油を取らないと(糊の)含みが悪いんですよね。(結構毛だらけ猫灰 だらけ?)そういう言葉の語源になっているそうですよ。 ●毛を扱う 毛を持つだけでも何年かかかるみたいですね。昔、刷毛屋の職人で櫛(くし)ひとつ 持って渡り職人っていうんですかね、親方から親方へ渡っていた人がいたそうですけ ど。今で言う板前さんの包丁みたいなもんです。それだけ刷毛屋の櫛っていうのは重 要なんですけど。(櫛は動物で違う?)動物っていうよりも、仕事の段階で違うんで す。毛はでっかい釜で四時間から五時間、夏、煮るんですよ。そうすると艶も出ます し、癖(くせ)が抜けるんですよね。それを乾かすんです。天日で干すのが一番いい んですけど、最近この辺もビルラッシュで日向(ひなた)が無くなりましてね。ほと んどもう、その仕事は習志野のほうで。昔はもう、夏はね、その水仕事だけ。煮て干 す仕事だけだったですけど、今はもう多少乾燥機的なものを工夫してやってますけど ね。こういう(長さで毛を分ける)仕事をやるともう、これ一日やってますね。(感 の仕事?)感ていうか、まあ慣れでしょうね。刷毛で、より腰の強いのがいいんだっ て人は、長い毛だけ。短くなるとそれだけ弱くなりますんでね。かといって長い毛よ りも短い毛のほうが先の状態がいいんですよ。そこの兼ね合いがね。先のいいのだけ 使っちゃうと腰が弱くなっちゃう。昔おやじの時代はね、毛屋さんが来ますとね、ど この毛持ってきたっておやじが訊くんですよ。(毛屋が)「諏訪ですよ」。諏訪地方 にいる馬が一番いい。(おやじは)「なんだい今年のは東北かい?」なんてね。今だ ったら東北だってもう欲しいくらいですけどね。そんだけ贅沢言えた時代があったん ですね。(馬肉のうまい所がいい?)毛がいいってことは肉もいいんでしょうね。自 然のもんだから、気候のいいとこで育ったやつはいいんでしょうね。 ●固定客 だいたいね、うち自身の刷毛を買ってくれるっていうのが多いですね。ただ、経師屋 さんがより進んでいくと自分の手に合った刷毛が欲しいっていう。そういうお客さん に対応してくっていうのがうちの使命かなと。 ●修理 新しいもの作るほうが手間かかんないですけどね。長年使い込んだ人っていうのは板 よりも毛のほうを尊重してますから、この毛の調子をそのまんま再生してくれよって いうんですよ。板のほうはぜんぶ取り換えちゃいますけどね。壊して、新しい毛を入 れて、混ぜて。新しいのは一つの流れを作ってますからね、それのほうが楽だなと。 でも、そのお客さんの要望に応えるっていうのも商売だなと思って。 ●外国人も使う ここ二十年ぐらいですけどね。西洋の美術品が傷んできてるわけですね。それは、そ のまんまですと修復のしようがないという壁に当たって、じゃどうしたらいいかって いったときに、日本の和紙を使って修復するってことを生み出したっていうか、発見 した。最初は向こうの人が芸大なり、文化財研究所に来て勉強していきましたが、そ れと同時に日本の経師屋さんが向こうへ行って教えて。ですからフランスの美術館で すとか、英国の美術館ですとか、そういったとこへずいぶん日本の技術者が行ってま して、教わったその国の人たちがまた教えてますよね。ですから私どもの刷毛も、文 化財研究所の人とか芸大の先生が行くときに持ってって、売ってくれたっていうか、 生徒さんに買わせたっていう形でね。今でも東京に何軒か重要文化財、国宝的なもの だけを修理してる経師屋さん居ますよね。表装っていうのが、半分以上が修復ってい うのが、もともと有るものを次の時代に伝えていくために手を入れて、作り直すって いうか、それを繰り返してきたってことです。新しいものだけを作るっていうのは、 経師屋さんの仕事ではあまり無いんです。だからこそ奈良時代から伝わった表装の技 術っていうのが継続されてきたんだと思うんですよね。 ●道具は残らない この古い短くなった打刷毛は、おやじが戦争前に作ったもんなんですけどね、使って ますと真ん中が減るんですよ、まわりは逃げちゃいますから。真ん中がえぐれちゃう と真っ直ぐ打てないんで削ってあげるんですよ。(そういう修理も?)ええ、やりま す。でも、「おやじ死にました」って言ったら「それ使い切ったら記念にあげるよ」 って約束できてんですよ。われわれ道具をやってる人間っていうのは(作ったものが )残らないんですよね。あらかじめ約束して、戴かないと。そんときもタイミングが 良くないとね、「ああ、あれ捨てちゃったよ」ですよ。道具っていうのは使えれば大 事にしてくれますけどね、使えなくなって、抜けてくるともう捨てちゃいますよね。 <写真説明> ●糊刷毛 掛軸、額装、襖(ふすま)張り、屏風(びょうぶ)張り、障子張りなど、 広い面積を塗るときに使います。 ●水刷毛 糊をつける前に湿らせるために、水を薄く引くために使います。 ●棕櫚撫で刷毛 和紙と和紙や、和紙と布を張り合わせるときに、平らに、また中の 空気を取り除くのに、上から撫でて使います。 ●打刷毛 掛軸などの裏打ちは、ごく薄い糊でつけるんですよ。巻きますんでね。薄 い糊だと普通に貼ったんじゃ剥がれやすいんで、叩いて下の布と上の紙をくっつける 。一つの物にしちゃう感じですね。ですから経師屋さんの前にいくと、叩いたトント ントントン金槌で打ったような音を、昔はしてましたけどね。最近はそういう、ごく いいものをやる人も少なくなりましたね。ほかのものは一万から三万なんですよ、刷 毛が。これは十万からするんですよ。ただし、若い人が買っても、頻繁に使ってたら 別ですけど、ふつうに使ってれば一生もんっていわれんですけどね。 ●ドーサ刷毛 書、絵画などの作品を裏打ちする場合、水でにじまないように、明礬 (みょうばん)を塗るときに使う刷毛です。 ●水糊刷毛 薄い和紙に薄い糊を塗るため、特にやわらかい毛で作られています。 ●柄の中 和紙で帯状に毛を包んで、挟んであんですけども、和紙だけだと弱いです よね。だから桜の皮でカバーしてある、脇だけ。それでもずいぶん違うんですよね。 丈夫なんですよね。よく桜の皮っていうのは細工物に貼ってね、桜の皮細工っていう んですかありますよね。(糸は?)絹糸です。俗に三味線糸なんてわれわれ言ってま すけど。丈夫ですよね。水に浸けても。ただまあ擦れると弱いんですけど、そのため に水をつけて、直接当たらないように、中に食い込むようにしてあるんですけどね。 (溝は三本で決まり?)そうなんです。巾があるときは少しずらしてね。水に入れま すとね毛が開こうとする、ものすごい力がありますんでね。ですから三カ所ぐらいで 綴じないと。柄は柾目(まさめ)です。 |
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